『世界の中心で、愛をさけぶ』の片山恭一が行く、”シニア・モーターカー”の旅

裏ななつ星紀行ー完全版

九州を一周する豪華寝台列車「ななつ星 in 九州」への
熱狂ぶりに恐れをなした片山・小平のシニア二人組が、
”真の贅沢ってなんだろう?”と
格安ローカル列車の旅にでた。その全記録。
<終話>

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文=片山恭一
写真=小平尚典
アートディレクション=東裕治

裏ななつ星紀行 八話(終話)   四日目

柳川といえばうなぎ:柳川
福岡中洲で焼き鳥:博多
柳川は海産物の宝庫:柳川
川下りを見る片山さん:柳川
川下り:柳川
西鉄柳川駅:柳川

帰りも市電を使う。「九州満喫きっぷ」は市電にも使える。今日で三日目。たっぷり使わせてもらいました。路面電車に揺られながら、ぼくは少し酔いのまわった頭で、いまあとにしてきたばかりの居酒屋さんのことを考えていた。あれこそがグローバル・スタンダードではないだろうか。たまたま熊本は水前寺駅前でやっているけれど、ニューヨークでもパリでも、どこでも通用するはずだ。なぜなら、あの店の店員さんたちのパフォーマンスは、文化や伝統を超えて伝わり、その場を共有する人たちの気持ちに響き、心を打つからだ。
あらためてグローバリゼーションについて考えてみる。あらゆる人間的事象を商品化して市場に投じるという流れを、ひとまず「グローバリゼーション」と呼ぶなら、ぼくたちが今日通り過ぎてきた街で進行していたのは、まさにそうしたグローバル化の流れだった。商品化可能な人間的事象が、みんな都会へ流出した結果、ローカルな街からは人間そのものが消えつつある。残っているのは、産業でいえば農林水産業を中心とした動かしようのないものだけだ。また動けない、動きたくない老人も、そこに残ることになる。その土地に根ざした文化や伝統は、後継者を失って衰退していく。

しかしグローバリゼーションの未来は、すでに見えている。そこに広がっているのは、食文化をはじめとする生活習慣が均質された、死ぬほど退屈な風景だ。そのことに、世界中の人たちが気づきはじめている。だからいま世界が本当に求めているものは、ローカルな文化や伝統に根ざした、その土地、その国に固有のものであるはずなのだ。
身近にある世界水準に、ぼくたちは気づいていないのではないだろうか。見過ごしたり、見落としたりしているのではないだろうか。たとえば出水の和菓子屋さんのかるかんも、水俣の蒲鉾屋さんの辛子レンコンも、好みの問題は別にして、世界中どこへ持っていっても通用する味と品質である。肥薩線の親切な運転士さんのホスピタリティだって世界水準だろう。逆に、アメリカナイズされた食文化や生活習慣を提供している人たちは、悪いけれど、世界には通用しないだろう。そんなものは世界中どこにでもあるし、誰とでも代替可能であるからだ。

発想の転換が必要だと思う。グローバルなものほどローカルであり、ローカルなものほどグローバルである。TOEICの点数はローカルなカルチャーを反映していない。ただ英語という商品価値の高い言語の習得をとおして、商品価値の高い人間を養成し、市場に送り出すというだけのことだろう。そんなことに一度きりの人生を賭けてしまっていいのだろうか。
誰かが教えてあげなければいけない。グローバルとローカルは対立しているのではなく、じつは同じものであることを。たとえばぼくたちが使っている日本語は、世界的に見ればローカルな言語であり、ほとんど商品価値をもたない。しかし小説を書く人間であるぼくが、ローカルな日本語を耕しつづけ、将来、何かの間違いでドストエフスキーを凌駕するような作品を生み出してしまったとすれば、それは間違いなくグローバルな商品として成立するだろう。

そんな夢を、ぼくは追いかけている。夢だから、かなわないのは当然だ。この世でかなわなければ、あの世があるさ。それもまた、見果てぬ夢である。

紀州編に続く…(7月14日頃開始)

中洲の居酒屋

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