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文=片山恭一
写真=小平尚典
アートディレクション=東裕治

裏ななつ星紀行 第二話   一日目(後編)

 久留米からは二両編成のワンマン列車である。乗客が少ないので、四人掛けの座席にゆったり坐ることができる。昼近くに「夜明」という山間の小さな駅を通過する。ここは前から気になっていた駅だ。名前がいい。「YOAKE」とローマ字で書いても美しい。こんなロマンチックな名前の町には、どんな人たちが住んでいるのだろう。正午になったのでお弁当を食べる。美味しい。きれいに植林された山を眺めながら、列車は林業の街、日田市に到着する。ここでアナウンスがあり、「二十三分停車します」って、ええっ? それならお弁当を買わなくても、ホームの立ち喰いでも、改札を出て外で食べてもよかったのに。
 ぼくは自分で車を運転して旅をするのも好きだが、移動中は本が読めない。ほとんど高速を使うため、せっかくの景色も心ゆくまで楽しめない。ときどきナビも見なければならない。もったいない。こういう普通列車の旅こそ、最高の贅沢ではないか、とちょっと無理があるけれど、いまは強引にそう言ってしまいたい。そうだ、次回はもっと徹底的に無計画な旅にしよう。日常から解放されているせいか、どんな無謀な計画もノー・プロブレムという気になってくる。

 こんなのはどうだろう。前もって行き先などはきめずに、やって来た列車、停車している列車に乗ってしまう。行きたいところまで行って、降りたいところで降りる。旅館やホテルの予約はしない。そして時刻表は、捨てる! 安いホテルや旅館に泊まりながら、「九州満喫きっぷ」で三日間、普通列車の旅を思い切り満喫する。最初の三日間が終わり、まだやる気があれば、つぎの「満喫きっぷ」を買う。こうして三日間、さらに三日間……という具合に更新していく。予算は? 交通費は一日当たり三千三百三十三円だ。宿泊費はビジネス・ホテルなどを使って一泊四千円前後。食費を一日二千円くらいに抑えれば、一日一万円の予算である。あとは財布と暇と相談して……なんだか眠くなってきた。寝たいときに寝る。これも列車の旅の贅沢である。

 連休の最終日とあって、由布院は賑わっていた。狭い通りに人が溢れている。様々な年齢の人たちを引きつける魅力が、この街にはあるのだろう。小平さんの知り合いの蕎麦屋で、鴨南蛮をごちそうになる。さっき駅弁を食べたのに、また食べている。とても美味しい。由布院といえば温泉である。久大本線の駅は「由布院」だけれど、大分自動車道のインターチェンジは「湯布院」だ。
「近くに、手軽に入れる温泉はありませんか?」
 ある。しかも観光のメイン・スポット、金鱗湖のほとりにあるという。さっそく行ってみる。その名も「下の湯」、ゲゲゲの鬼太郎に出てくるような無人ポストに、入浴料二百円を入れて自由に利用できる。藁葺き屋根の御堂みたいな古い建物で、重厚な木の引き戸をごろごろと開けてなかに入ると、脱衣室などといった迂遠なものはなく、いきなり浴室だ。やや気後れしていると、一人で入っていたおじいさんが、じろりとぼくたちの方を見た。鋭い眼力。でもフリチンなのがおかしい。
「こんにちは」
簡単な作り付けの棚があり、簀子の上で服を脱いで、無造作に裸になってしまう。浴室は窓も仕切りもなく、外の庭につづいている。瑞々しい緑に囲まれ、明るい太陽の光のなかで温泉に入る。これ以上のシチュエーションは、とりあえずいまは考えられない。源泉かけ流しのお湯は、ちょっと熱めだけれど肌にやさしい。石鹸やシャンプーなどを使ってはいけない。純粋に入浴だけを楽しむ。こうした潔さも好ましい。ただし完全な混浴、露天に近い作りで、生垣を隔てた先は観光客が散策する人気のスポットとあっては、若いカップルなどは敬遠するかもしれない。しかし勇気を出して入っていただけると、おじさんはうれしい。

 すっかり寛いだあとは、のんびり湖畔を散歩する。金鱗湖という名前はついているけれど、池と言ったほうがいいくらいのコンパクトなサイズだ。すでに紅葉がはじまっていて、赤や黄色の葉が美しい。水と豊かな緑、遠くには高い山並み。空は真っ青で、湖面を渡って吹いてくる風は涼やかだ。いいなあ。まさに至上の贅沢、最高の気分である。すっかりいい気分になって歩いていくと、どぶろくを売っていた。もちろん生酒である。迷わずに買い求める。

 ここから大分までは約一時間。小さな紙コップでどぶろくを飲みながら行く。粒々の麹がたくさん入っていて、とってもワイルド。火を入れていないので、酒が生きている。釣ったばかりの魚を、その場でおろして食べているような感じだ。いや~、極楽、極楽などと言っているうちに、大分に着いてしまった。駅前のビジネス・ホテルにチェックイン。味もそっけもないホテルだけれど、この手軽さもよし。
 裏ななつ星紀行、最初の夜である。今回の旅はmen without womenだから、食べ物と酒の比重は高い。やれ、旅は人生の教科書だ、アートだとうそぶいているわれわれの沽券にかけて、ここは絶対に外すわけにはいかない。夜の部は、全面的にフォトグラファー小平にお任せしてある。彼が慎重に吟味した情報をもとに、地元でも知る人ぞ知るという割烹へ向かう。

結論だけを書く。素晴らしかった。いろいろ事情があって、あまり詳細に情報を開示するわけにはいかない。ここは簡単にいく。まず先付みたいな感じで、鮎の甘露煮、鱧のあらい、茹でた川蟹などが出る。メインは三品。ふぐ刺し、スッポン鍋、鰻の素焼きと蒲焼である。ふぐ刺しには××も付いている。おいおい。素材はすべて天然。完全予約制で、その日仕入れたものだけを使うので、メニューも値段も書いてないという、ハイリスク・ハイリターンの店なのである。ドキドキ……でも、ご安心を。これだけのお料理をいただき、お酒もかなり飲んで、一人あたりの会計は七千円ほどだった。  簡単にいくと言いながら、かなり詳細に書いてしまった。とにかく大分、最高である。ふぐもスッポンも鰻も美味かった。できれば一度に味わうのではなく、三度に分けて食べたかったなあ、なんて贅沢なことを言いながら、大分の夜は更けていくのであった。

第三話に続く…>>

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