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文=片山恭一
写真=小平尚典
アートディレクション=東裕治

裏ななつ星紀行 第一話   一日目(前編)

十一月四日、博多駅、午前八時四十五分。明け方まで降っていた雨も上がり、薄雲を透して青空が見えはじめている。フォトグラファーの小平さんは、羽田から飛行機でやって来る。福岡空港着が午前八時二十五分なので、そろそろ現れるだろう。ぼくはみどりの窓口で「九州満喫きっぷ」を二枚購入する。
 この切符、今回の旅の必須アイテムである。九州内全鉄道の快速・普通列車が一日乗り放題、それが三回分で一万五百円。三ヵ月以内であれば三回に分けて使ってもいいし、三人でシェアして一日で使い切ってもいい。なんともお得な切符なのである。これを使って、知っているようで知らない九州を隈なくまわろう、というわけである。
 博多を出発して一日目は大分、二日目は鹿児島、三日目は熊本と、とりあえず宿泊するホテルは予約してある。寝るところさえ確保しておけば安心だ。最初は駅周辺の安い商人宿みたいなところに泊まるつもりだった。だが事前の調査で、このタイプの旅館はほとんど壊滅状態にあることが判明する。多くは廃業しているか、そうでなくても開店休業に近い状態なのである。できればビジネス・ホテルには泊まりたくない。でも、それ以外の安いホテルとなると、ラブ・ホテルくらいしかない。ビジネスorセックス……世相である。

 第一日目の旅程。まず博多から鹿児島本線で久留米まで行く。ここで久大本線に乗り換えて、ちんたら由布院をめざす。二、三時間遊んで、六時半ごろ大分に到着する。シニア向けの、無理のない計画である。二日目は大分を出て、宮崎経由で鹿児島へ。桜島を眺めながら温泉に入る。三日目は鹿児島から肥薩線で人吉、八代を経由して熊本へ。熊本ではもちろん馬刺しである。以上が、当初描いた旅のアウトラインだった。ところが細かく時刻表を調べてみると、この計画は二日目以降、重大な障害に直面することがわかった。

 二日目。大分から宮崎へ向かう途中、普通列車の走っていない区間がある。走っていても早朝か夜遅くで、ぼくたちのスケジュールでは利用できない。「九州満喫きっぷ」の効力は快速・普通列車に限られているため、特急に乗るときは特急券だけでなく、その区間の乗車券も一緒に買わなければならない。今回の旅では、できるだけ普通列車にこだわることにしている。よって、このプランは却下。代案として大分から阿蘇高原線(豊肥本線)を使って熊本へ行き、熊本から鹿児島本線で鹿児島入りするルートを考える。なるほど。これでもいいな……ところが。

 三日目。鹿児島から肥薩線で人吉と八代を経由して熊本へ。肥薩線のループとスイッチバックの組み合わせは、全国でもここだけというマニア垂涎のスポットである。小平カメラマンもぜひ乗りたいと言っている。だが時刻表をよく見ると、毎月第二水曜日だけ途中の区間が運休しているではないか。ぼくたちが乗ろうとしている十一月六日は、まさにその第二水曜日にあたる。なぜだ! ここは断固として、毅然として、JR九州に真意を質したいところだ。
今回、ぼくたちは何よりもカジュアルでリーズナブルな旅をめざしている。スポンサーなどはつけず、旅の費用は百パーセント自前である。自分たちのセンスとアイデアで自由に旅行したいことが一つ。もう一つの理由は、普通の人が気軽に出かけられる旅のモデルをつくりたいと思った。五十万円、百万円の豪華な旅も、もちろん結構。でも、そんな旅は誰もがしょっちゅう出かけられるわけではない。人生に優劣をつけられないのと同じで、どんな旅にも優劣はない。お金をかけた豪華な旅、お金をかけないカジュアルな旅、それぞれの旅のあいだには優劣があるのではなく、タイプの違いがあるだけだ。九州をめぐるささやかな旅で、それを実感し、実証したいと思った。
国内外に豊富な取材経験をもつ小平カメラマンは、日ごろから「旅は人生の教科書である」と言っている。ぼくはちょっと気取って、旅は創造であり、アートであると付け加えたい。美術館に陳列してあるものだけが芸術ではない。日常や生活を素材として、日ごとにつくり出されていくもの、これぞ真のアート……などと、いい気になっているうちに小平さんの登場だ。

「やあ、どうも」

 さっそく改札を抜け、「九州満喫きっぷ」に一日目のスタンプを押してもらう。これで本日の午前零時までなら、何十回でも何百回でも乗り降り可能だ。この自由気儘さこそ旅の醍醐味ではないだろうか。隣のホームに「ゆふいんの森特急」が停車している。小平カメラマンはまめに写真を撮っている。おしゃれな特急列車を尻目に、ぼくたちは各駅停車のシニア・モーターカーに乗って出発だ。
 久留米では一時間ほど余裕があるので、駅を出て近くを歩いてみる。九州新幹線も停まる立派な駅舎である。駅前もきれいに整備されている。ここは豚骨ラーメン発祥の地とされている。ラーメン屋を探したけれど、どこも十一時開店らしい。ぼくたちが乗る由布院行きの普通列車は十一時十四分に出る。食べるのはあきらめて、店の写真だけ撮る。由布院に着くのは午後一時三十八分なので、車中で食べようと思い、駅の売店で小ぶりのかしわ飯弁当を二つ買った。一個五百二十五円。

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第二話に続く・・・。

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